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西六郷 (大田区)

〈07年6月号〉-創刊号
工場と合唱団の町 西六郷(にしろくごう)

 西六郷は東京南部の大田区の中の、さらに南、多摩川沿いにある町である。

 一般には工業地帯というイメージだが、私には少年合唱団の町というイメージがある。
 
 西六郷小学校の、西六郷少年合唱団(西六郷少年少女合唱団)は、私の子どもの頃、かなり有名な存在であった。確かNHKの「うたのメリーゴーランド」にも出演していただけではなく、NHK「みんなのうた」やアニメソングでも常連の合唱団だったと思う。児童合唱団の中では、かなり質の高い合唱団であった。全国的にも名の通った合唱団であった。


 ベストに半ズボン。白い靴下に黒い靴。当時の子どものお洒落服の定番といった制服を着て、歌いながら夢を与える。運動嫌いで文化系の私にとって憧れの存在だった。児童合唱団の全盛期だったので、私以外も憧れの存在だったに違いない。

 
 これは、小学校4年生の頃の私と母親との会話である。(多分4月の春休みだったと思うが)
(私)転校したい!
(母)なんで?
(私)合唱団に入りたい!
(母)どこの?
(私)西六郷!
(母)西六郷?通えるわけないじゃない!
(私)じゃ、杉並(杉並児童合唱団)か上高田(上高田少年合唱団)でもいいから。それだったらバス一本で行けるから。絶対に通える!ねえ、お願い!
(母)転校なんてできるわけないじゃないの!
(私)NHK(東京放送児童合唱団)だったら転校しなくても通える。
(母)どこなの?
(私)多分渋谷だと思う。
(母)そんなの試験があるに決まっているじゃない。あんたが、歌が上手なわけないでしょ。人前だと恥ずかしがって声出さないんだから。しかもあんた飽きっぽいんだから。

 恥ずかしがり屋だが、意外に目立ちたがりかもしれない私。しかし、私は確かに飽きっぽい。でも、当時習わされていた「絵」や「習字」よりもずっと興味があった。

 結局当時のテレビ(NHK?)で紹介された児童合唱団の影響を受け、そこで紹介された児童合唱団を記録し、親に打診したのだ。

 こうして私の願いは却下され、夢はひとつ消えた(合唱団には、大人になって数ヶ月在籍していた経緯はある)。

 話しはそれてしまったが、こうした理由で、この合唱団を生んだこの町には、子どもの頃から興味があった。そのため、町探訪のブログを開設したときには、まず先にここを訪れたいと思った。

 この町、大きい工場は南側に東京グリコの工場があるが、昔から、小さい町工場が多い。町工場といっても製作工場が中心だ。大田区の経済を支えているだけではなく、日本経済も支えているといっても過言ではない。また、一方、西六郷は普通の住宅地でもある。町の北西側には多摩川がある。
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           (東京グリコの工場。かなりでかい)

 合唱団があった西六郷小学校は、今年74周年と歴史のある小学校。合唱団に関する記念碑のようなものがあるのか、学校のまわりを一周してみたが、なにもない。ただ校庭の隅には、東京の学校には珍しく、二ノ宮尊徳像があった。敷地内に併設している西六郷幼稚園には35周年と書いてあった。
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         (西六郷小学校は少年少女合唱団で有名だった)

 京浜急行の雑色(ぞうしき)駅から西六郷に通じる商店街は、東京の郊外にある商店街よりも活気があった(そういえば大田区の商店街は、皆個性のある庶民的な商店街が多い。アーケードも大田区は多いようだ)。この商店街、郊外の商店街から消えたおもちゃ屋も健在だ(ただし、商店街は仲六郷)。
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         (雑色商店街の踏み切りから先が西六郷)

 西六郷の名所は、東海道線から見える「西六郷公園」(通称タイヤ公園)である。タイヤを積み重ねた巨大な怪獣(恐竜?)のオブジェがある。園内は、タイヤだらけ。そのタイヤに乗って遊ぶことができる。公園は、人が多く、ものすごい活気がある。電車の車内から眺めた公園より、もの凄いタイヤの数。さすがにタイヤ公園というだけある。私が訪れ
たこの日は、子どもや家族連れで賑わっていた。人気の公園であった。
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          (タイヤ公園は、地元以外でもかなり有名)

 多分この合唱団が歌っていた歌に「ぼくらの町は川っぷち」がある。(CDもある)この歌、高度経済成長を皮肉った寂しい歌だ。東京などは工場の煤煙や車の排気ガスで常にスモックに覆われて、今のような青空はあまり見られなかった。その中で印象的なのは「とうさん かあさん 帰るまで 煙突の林でおにごっこ」という部分だ。これは当時の子どもたちが、共稼ぎでによって日中一人ぼっちになる、当時「かぎっ子」と言われていた子どもたちの様子なのであろう。当時は学童保育のようなものは少なく(私の出身小学校には当時すでにあったが)、「かぎっ子」が社会問題になっていた時代でもあった。

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        (ぼくらの町は川っぷち。ここの町は多摩川の川っぷちだった)

 この西六郷は京浜工業地帯だが、煙突のある工場よりも、小規模な製作工場が多い。町の中に時々油の臭いがする。私が育った練馬区内の町は、区の準工業地域だったので、同じような工場が多く、油の臭いが懐かしかった。
とはいっても、それ以外は普通の住宅地。今の私が育った地域とさほど変わりない。私にとって親しみを感じる町だ。

 しかも、このエリアに西六郷小学校と高畑小学校と小学校が2つもある。それだけではない。児童館も2つもある。しかも前述のタイヤ公園と、子育ての環境はとても抜群!子どもに優しいまちなのかもしれない。
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(もうひとつの小学校、高畑小学校は、校庭が道路を挟んで2箇所ある。歩道橋は、小学校の校庭を結ぶ専用の歩道橋。珍しい作りだ。)
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          (西六郷児童館。西六郷には他に高畑児童館もある。)

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          (西六郷にある宝憧院)




 ところで、合唱団のホームページによると、この合唱団、指導者の鎌田先生が亡くなった後、解散したそうだ。私も仕事柄、鎌田先生が執筆された合唱指導の本と、西六郷少年少女合唱団のCDをたまたま持っていた。このブログを書くときに、家で偶然発見した(小学生のクラス合唱曲集さんぽ)。

 鎌田先生と、合唱団の団員だったみなさん。全国の子どもたちに夢を与えてくださり有難うございます。

 現在では新しい西六郷少年少女合唱団ということで活動されているということだ。西六郷の昭和の歴史は、新しい合唱団として引き継がれている。私も応援したい。頑張れ!

追伸:西六郷鎌田記念合唱団 事務局の深田様よりメールでコメントを頂きました。有難うございました。


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(最寄駅は、京浜急行の雑色駅)




【資料】西六郷へは
・京浜急行雑色駅から雑色商店街を西側へ徒歩10分程度。タイヤ公園へは商店街のはずれの東海道線踏み切りを渡り、線路沿いの狭い道を右へ進む。
・京浜急行六郷土手駅からも歩いて行ける。
・JR、東急 蒲田駅からは、西口から蒲01系統六郷土手行き(東急バス)で


(当時を知る方、元合唱団の方がおりましたら、お知らせください。特集を組みたいと思っています。できましたら予定12月頃 別冊特集西六郷少年少女合唱団を予定します。)




次回のお知らせ(7月号)  6月下旬頃

市谷柳町(新宿区)

その後の別冊特集は  7月中旬頃
下町デパートエレベーター特集
by tokyomachi | 2007-05-17 17:41 | 大田区