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市谷柳町(新宿区)

〈07年7月号〉
かつて自動車公害の象徴だった市谷柳町(いちがややなぎちょう)

 私は小学校5年生頃から一人で電車、バスに乗り、あっちこっちに行くことが多かった。特に土日はほとんど出かける。台風であったも、大雪であっても出かけて行った。当時の子どもとしては珍しい行動パターンだ。
 もう時効だから話すが、私は中学生になっても3年間子ども運賃で乗っていた。チビ(130センチ後半から140センチなかば位?)で中2頃(中3の夏頃?)までは半ズボン。髪型やスタイル、顔など、全く中学生に見えないので堂々と小学生でとおしていた。
 当時自宅近くからバスに乗ると30円あれば新宿まで往復できる(子ども運賃で)。四ツ谷は30円。新橋は50円で、渋谷、銀座は1回の乗り換えで60円で往復できる。バスは安くて、遠くまでいけるので、時間のある子ども時代にはとても便利な存在だった。当時100円で5円券が22枚つながっている都電、都バスの共通回数券があり、いつも財布の中に入っていた。

 そんな少年が、よく通り過ぎた場所がこの柳町だ。当時自動車の排ガスに含まれる鉛公害で全国に有名になった柳町交差点である。当時排気ガス公害で有名だった大原交差点(世田谷区)と違い、住宅地の中のそんなに広くない道路(大久保通りと外苑東通り)の交差点だが、地形の関係で排気ガスが溜まりやすいということであった。皮肉にも、大久保通りに走っていた都電が廃止された後のことであった。
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(当時日本全国に知られるようになった柳町交差点。かつてこの道路に新宿から水天宮前を結ぶ13番の都電が走っていた。今はこの下に地下鉄大江戸線が走っている。大久保通り側から。)
 


 なぜか暗示にかかりやすい私は、当時この交差点を通過すると息苦しく感じてしまった。

 
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(外苑東通りから見た柳町交差点。走っている都営バスは新宿から曙橋駅、江戸川橋駅、目白駅を通り、なんと桜台の練馬車庫まで遠回りして結んでいる。)


 
 当時この場所は、JRや地下鉄の駅から離れているので不便な土地だった。ところが現在は大江戸線が開通し、とても便利な場所になった。駅やバス停は牛込柳町だが(都電が走っていた頃も)、町名は市谷柳町である。
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           (交差点の近くにこんなすてきな路地裏がある。)



 新宿区のこの界隈は小さな町が多い。この柳町も、かなり小さい町だ。交差点を中心に、十数分もあれば町全体を歩くことができる。

 
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(地上げか、再開発なのか、このような空き地が所々に、しかも奥の家は人が住んでいない)



 交差点の近くの和菓子屋さんからお話を聞くことができた。「当時ニュースでは公害のことを報道されたが、私たちはそんなに気にならなかった。」とのことであった。やはり住めば都なのであろう。
 大久保通りの信号が、交差点で停止しないように坂の上に信号を作ったことを思い出した。先ほどの和菓子屋さんに聞いてみたら、今でも信号はあるとのことで、確認してみた。もう30年以上昔の方式が今も存在していた。
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(公害問題がおきてから、交差点の手前に予備信号があり、交差点で停止しないよう配慮されている) 

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       (町の中にある宗円寺)

 この時代に光化学スモックが問題になっていた。実は、私も中学の時に一度だけ被害にあったことがある。豊島区内で、目がチカチカ、気分が悪くなった。さすがに倒れなかったが、当時杉並や練馬、中野といった地域で、集団被害が続出した。特に小、中、高生に被害が集中した。

 最近の東京は、青空も見られるようになったが、光化学スモックは、相変わらず夏の風物詩になっている。


【資料】市谷柳町へは
・都営地下鉄大江戸線牛込柳町下車すぐ。
・都営バス白61系統(新宿駅西口-曙橋-江戸川橋-目白駅-練馬車庫) 牛込柳町駅下車
    このバスは、昔は豊島園が終点だった。
・都営バス飯62系統(都営飯田橋駅-新大久保駅-大久保駅-小滝橋車庫) 牛込柳町駅下車     このバスは、もともと都電の代替バスだった。
・都営バス橋63系統(新橋駅-永田町-新大久保駅-大久保駅-小滝橋車庫)牛込柳町駅下車
    このバスは、昔は京王バスと共同運行して、中野駅から下田橋まで走っていた。


次回のお知らせ(8月号)
貫井(練馬区)
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by tokyomachi | 2007-06-21 07:47 | 新宿区